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 9時にゴータマ君とホテルで待ち合わせて、デュベラ美術館に出かけた。ジープを借りることにしたが、運転手付きである。
 デュベラ美術館は、カジュラーホとジャンシーの間にある小さな村にあって、かってこの地方を支配した藩主(マハラジャ)の宮殿をそのまま美術館に使っている。
 カジュラーホからジープに揺られること3時間。
 ようやく木々に囲まれた宮殿の正門まで着くと、門は閉じられ、門衛が2、3人立っている。何か不吉な雰囲気を感じた。
 聞いてみれば、その日は要人が訪れるため、休館ということである。
 これは、私にとっては青天の霹靂であった。
 明日来るにしても、再度ジープを借りなければならない。
 私は、日本からわざわざこの美術館を見るために来たのだから、と頼み込むことにした。一度上司にあって説明してくれということで、会いに行くことになった。
 案内人に連れられて中に入り、事務所の所でしばらく待っていたが、特に上司に会わないまま、許可が下りたらしい。

 何か狐につままれたようであるが、とにかく見学できることになった。
 この辺りは、ゴータマ君が上手に言ってくれたようだ。
 最初はシヴァ派とシャクティズムの展示で、この美術館の誇るヨーギニー女神が並ぶ部屋であった。掛値なしに今まで見たどのヨーギニーよりも完成された見事なヨーギニー像である。
 現在、デュベラ美術館には20体ほどのヨーギニー像があるが、全部11世紀シャフドルで発見されたものである。これらのヨーギニー像は2つのグループ、座像ヨーギニーと立像ヨーギニーに別れるが、それぞれは2つのヨーギニー寺院に由来する。というのも、1つの例外マヒシャスラマルデニーを除いて、同じ寺院に座像ヨーギニーと立像ヨーギニーは混在しない。
 この他にもシャフドル由来のヨーギニーは、コルカタ(旧カルカッタ)のインド博物館にサトナ由来の5体と、その他幾つかは、シャフドルのアンタラ村とパンチャゴン村の古い寺院に残る。
 しかし、この2つの寺院がシャフドルのどこにあったかは不明だが、この2つの村に近い所と推測できる。

第2章 カジュラーホ

第4節 デュベラ美術館

 全般的な様式はチャンデラ朝の形式化された顔立ちではなく、より自然な感じで、どの像も複雑な構図を持っている。
 座像ヨーギニーは、髪を高く宝冠のように結い、蓮華座に座し高さは約90センチほどある。どの女神も張り切った乳房とくびれた腹部。腰には、ガードルを付け、薄い裳が小さな波をうつ。腕は6本かそれ以上で、それぞれの性格を表わす持物を持つ。
 下部には、中央に種々に変化する乗り物(ヴァーハナ)、この左右には4、5人の崇拝者達が女神を礼拝する。

 非常に精巧に作られた頭光は、2重の輪を持ち菱形や花紋をちりばめる。頭光の周囲には、数多くの天人達が男女1対ごとに背面を埋めつくす。
 女神の頭部は小さく、全体としてのプロポーションは均整が取れており、ほとんど現代女性の理想像に近いのには驚かされる。材質はチャンデラと同じ砂岩であるが、表面にはポーリッシュはしていない。
 幾つかの女神には、材質が砂岩のせいか儀礼の血の跡が残るが、もちろん、美術館に収納される以前のものであろう。ラベルがはげかけているヨーギニー像が何体かあったが、これは偶然ラベルがはがれたというより、現在の所ヨーギニー女神の名前が確定できないためと思われる。
 デュベラ美術館のヨーギニー像の保存状態は非常に良く、その幾つかの腕は欠けているが、それでも全体の8割は残り、私が今までに見たヨーギニー像の中では、最も完成された美しさを持っている。

図2-11 シュリー・ターララー

図2-11 シュリー・ターララー

 それでは、個々のヨーギニー像を見てゆこう。
 ヨーギニー像の中で、一番目立つのはシュリー・ターララーである。(図2-11)
 「星のようにキラキラ輝くもの」を意味するこの女神は、髪を宝冠のように束ね、その貴族的風貌は、面長の顔だちと長い首、張り切った乳房と対照的なくびれた腹部、穏やかに広がる臀部に表れている。
 蓮華座にすわり、一方の脚は膝で曲げて台座に置き、片方の足は伸ばして蓮華の下の台座に置くが、これをラリターシャーナ座法という。彼女の乗り物はガルーダであり、崇拝者の1人の男は切断した首を持つ。

図2-12 シュリー・ラマナー

図2-12 シュリー・ラマナー

 シュリー・ラマナー「愛らしい若い女性」は、蓮華座にすわる。(図2-12)
 一方の足は膝で曲げ、他方の足は部分的にひざまずいた男の背に置く。手には楯、骸骨盃、切断された首を持つ。立っている崇拝者の1人は、何かの肉を食べている。
 ヨーギニーの中で異色は、馬頭のシュリー・イタララーである。(図2-13)
 動物頭のヨーギニーであるが、非常に官能的で高貴な風貌を持つ。長い癖のある髪を両側に垂らし、左足を上げて歩き出そうとするライオンに乗る。
 彼女の奉献者達は皆、女神を仰ぎ見ながら礼拝するが、払子を振る者もいる。
 シュリー・クリシュナ・バガヴァティー「黒い女神」は、マヒシャーマルデニーのこの地方神名である。(図2-14)
 この12本の腕を持つヨーギニーは、疑いもなくちょうど今水牛の悪魔を殺そうとしている。この水牛の悪魔は、死を迎える最後のとき、水牛の姿から抜け出し人間の形として現れた刹那、女神は悪魔の髪を鷲づかみし、振り上げた剣で首を刎ねようとする瞬間を表す。
 この女神は、楯やベル等を持ち、与願印でその悪魔に対する憐憫の情を表す。

図2-13 シュリー・イタララー

図2-13 シュリー・イタララー

 この後、他の展示室を見たが、マハラジャの子供達が使った玩具や、食器や衣類等が並べてあった。当時の古い刀剣、楯、短銃などの武器類、歴代のマハラジャのいかめしい肖像画とその家族も多数展示してあった。この様な生活用品を見ていると、少しずつその時代が見えてくるのは、興味深い。

 展示室は中庭を囲むように並んでいたが、階段があるので登ってみると屋上はテラスになっている。今まで気付かなかったが、この宮殿の背後はずっとハス池が広がり、遥か彼方には寺院の白いドームが見えた。
 想像が許されるならば、マハラジャの君臨した頃には、夏の宵ともなれば、この屋上のテラスでは夕涼みの宴が設けられた。男達は、クッションに身をゆだね酒や水煙草(フッカー)に時を忘れた。

 女達はヴィーナの音に酔い、子供達にせがまれて花火をすることもあった。
 ときには、マハラジャは、放浪の女占い師ヨーギニーが来れば招いて、隣国の様子や先の見えない将来のことを熱心に聞いたであろう。ヨーギニーは、諸国を渡り歩いたから、その様な情報には詳しかった。
 すべて夏の夜の夢であるが、生身のヨーギニー達はこのようにして中世社会を渡り歩いたのである。

図2-14 シュリー・クリシュナ・バガヴァティー

図2-14 シュリー・クリシュナ・バガヴァティー

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